表の人の裏の顔

表の人の裏の顔

なんと素直な舞台裏

30代、模索中

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やりたいことを見つけて、それを楽しんでいる人を見るとものすごく羨ましい。

 

そんな感覚を持つ人は、少なからずいるのかなと思う。

 

なんとなく、大きな波もなく、就職して生活のために働いて、なんとなく毎日が過ぎていくなんてことはよくあることで。

 

僕もそんな一人なんだけど。

 

なんかわからんけど特別な何かになれると思っていたけど、気づいたら何も持ってない普通の人間で、がっかりしたと同時に諦める気持ちもあって、正直、出世欲とか、毎日成長せよとか、目標を決めて〜とかの意識高そうな言葉はひとつも入ってこないのだよ。

 

だけど、そんな僕でも何かあるのかもしれない、これはそれを見つけるための記録であり、僕が特別な何かになる、あるいは何者にもなれない物語である。

 

今回は本で言うなら「はじめに」ということで自己紹介を綴ることにする。

 

30代前半、男、既婚、子なし。

 

好きなこと、音楽を聴くこと。

 

趣味を聞かれると、困る。

同じく、特技を聞かれると困る。

特別、できることは何もない。運転なら、まぁ。

 

地元の中でも治安が悪い中学から、地区では少ない公立の進学校に進み、東京の偏差値50もいかない私立大学に進学。

バイトは飲食やスーパーのバイトをいくつかした後、古本屋で3年間程勤めた。

大学ではサークルに所属することもなく、いつも同じ友人(6人くらい)と過ごすだけで、授業もほぼサボり。

進級も、卒業もギリギリであった。

 

就活では、実家が自営業ということもあり、スーツを着る仕事(サラリーマン)には絶対なりたくないという謎の意識があって、みんなが始める中、何になりたいかわからず怠る。

 

結果、GWに初めて行った説明会の小売業の会社でトントンと内定をもらい、就職を決意。

 

いつか親の仕事(小さい店舗)を継ぐから、小売業で店長にでもなれば活かせるかなという後付けの理由で自分を納得させ、就職。

 

全国展開の店舗で、0時閉店のため、閉店後に事務作業などを行うとほぼ毎日のように朝まで働くというなかなかのブラック企業

しかも、店長も社員も、強制では無いけどバイトも朝まで働くような企業だった。

 

まぁ、そんときは若かったし、バイトの人とも仲良かったから、別に辛いとも思わず働いてたけど、店長になっても給料あがらず、朝まで働いている姿を見ていたら無理だなと思った。

 

埼玉、東京と働いていた時に、店長になるための修行ということで、売り上げナンバーワンの関西の店の異動が決まり、関西は流石に無理だと思い、引っ越しのその日に転職の面接を受けて、引っ越し。

 

引っ越し後、1週間で内定を貰い、異動先の店長に退職願いを告げることになるのでした。

これに関しては、勝手すぎるということでいろんなところから相当怒られました。

 

さすがに繁忙期ということもあり、3ヶ月はいろということで、内定先にも3ヶ月待ってもらうことで承諾もらって、3ヶ月後には関西からバイバイして今度は神奈川に引っ越すのでした。

 

今度は同じ小売業なんだけど、アパレルの店舗勤務の契約社員で。

身長が高いから、自社の服を着て店舗にいたら映えるだろうという理由だけで内定。

後から聞いたら、面接の時に着ていた服は安物すぎてダサかったみたい。

 

店長まで行くと正社員になれると、そんで副店長になると給料がやっと人並みになるというところ。

その時、20代後半。

でも自分より年齢上の人達が同じ契約社員として働いていたから、そんなに気にすることなかったけど、生活はしんどかったー。

手取りが15万円とかだったかな?もしかしたら支給が15万だったかも。

そんで家賃が5万なんだけど、職場が東京だから移動が2時間かかるの。

行って帰って来て寝てって生活だったな。

 

ある時、売り上げがいい店舗に異動になるんだけど、そこからが更に地獄で、店長と副店長が意識高い人で、プロであれ!いい服着ろ!ユニクロだめ!みたいな感じでさ。

ブランドコンセプトにあった服を買ったりで、お金を使い出すんだけど、意味もわからずリボ払いを利用し出すんだよね。

少し使ったところで、リボ払いの意味に気づくんだけど、そんな手取りだから返していくのにもめちゃくちゃ苦労した。

今で考えるとまだ20数万で済んだって感じだったけど、その時の自分には余裕が無さすぎて顔死んでたと思う。

 

早く返したいから、アパレルやりながら休みの日には日雇いバイトをやって6時間とか働いて。

それでも毎月の支払いをなんとかこなすくらいで一向に減らないんだよね、リボって。

 

そんなんでも職場の人達とか、日雇いで出会った人達とは仲良くて、なけなしの金とか時にはカード払いで飲みに行ったりして、楽しい毎日ではあったんだよね。

 

ある日、友人の結婚式で地元に帰った時に父から、帰ってきて手伝わないかと言われて。

酒入ってたのもあるけど、なんか知らないけど泣きながら帰ります言ったの覚えてるわ。

 

それが11月で、店長に告げて色々調整して翌年の10月に地元に帰るんだよね。

 

そこから父の仕事を手伝うようになるんだけど、今まで職場で学んだ店舗の見せ方とか、そういうのを父に伝えるんだけど、保守的で新しいことはあんまりやりたく無い、慎重にいきたいという考えで。

父はそんな小さい店舗で子供2人を育てなきゃいけないから、維持・守りの考えでやってきたんだけど、僕は稼ぎたいし稼げるポテンシャルがある店だと思ってたから、ゆっくりゆっくりなところと合わなくて。

また、外でも中でもめちゃくちゃ子供扱いされるのも嫌でね。

次第に父との会話も減っていくんだよね。

 

地元に帰ってからは、元々の知り合いだった人といい感じになって、お互い年齢も年齢だから結婚も視野に入れてお付き合いとしていたんだけど。

 

仕事終わりにはいつもその人の家にいて、その人の家から出勤してってやってて、両親にも会わせたし、相手の両親にも会って結婚前提の話もして喜んでもらったんだけど、こっちの母親がそれに大反対。

同棲はダメ、結婚もダメ、理由はまだ一人前じゃないし、甘さがあるからと。

まぁ、揉めに揉めた。

こっちは結婚するつもりだから。

 

そんな時に、うちの店舗に出入りしてた業者さんから、東京本社の会社で、営業として働ける若い奴を探しているところがあって、勝手に勧めちゃったから連絡あるかもと。

すぐにその会社の人から電話があって、話を聞いてみたら少し特殊な営業なんだけど、安泰な企業だからって話で。

父も僕もかなり怪しんだけど、ネットで調べて見たら新卒でもそこそこ給料もらっていて、父と働いていたらまず貰えない額の給料だったから、父の勧めもあって面接を受けたら内定。

何週間後には東京にまず来て研修がスタートということ。

 

配属先は東北ということで、彼女と話したら、すぐに仕事は辞められなくて長くて1年とかかかるかもしれないから、先に入籍しようと。

 

父に相談したら、それは待てと、母がOK出すまで待てと。

母はありえないと。一人前じゃないからダメだと。

一人前ってなんだ、と思うわけだ。

そもそもなんで許しをもらわなきゃいかんのだと。

そもそも母のOKが出るまで待てというが、いつ許可が出るのか。

 

相手の両親にそういう話をして、許しをもらい、勝手に入籍。

それが引っ越しの2日前にバレて大揉め。

父からも母からもばあちゃんからも罵声を浴び、半ば勘当のような形で東北へと旅立ったのです。

 

そこから数年。

 

今もまだ結婚は続いているが、両親とは全く連絡を取っていない。

すごい確率の偶然だが、妹もたまたま同じ地域に引っ越してきたので、妹から情報はもらっているし、妹はこちらの情報も伝えているのだが、母親はまだ名前も出さないらしい。

父はもう気にしていないし、会いに来たいということ。

知らんけど。

 

そんな流れるままに生きていきたので、自分は何も無いのでは、でも少しは特別な才能のようなものがあるではと、諦めの中に期待を抱いていて。

東京に上京したての頃のような、根拠のない、自分は特別なセンスや才能に溢れているんだ!というところまではいかなくても、何かを見つけたいと思っている。

 

そんな経過を綴っていきたい。

 

だらだらと、2chのスレのような自分語りをしてしまったけど、そんな感じ。

 

いろんな方面にチャレンジしていきたいので、次の記事からは僕が現在やっていることを綴っていこう。

 

では、また。

 

おやすみBGM

フラワーカンパニーズ『深夜高速』

 

 

 

生きててよかった

 

そんな夜を探している